MyToriマイトリ取扱説明書
TYPE

洞察者 / SageCDHP

Connect / Deliberate / Hold / Protect

CORE

静かに本質を見抜くのは、知るためである前に、不意打ちで傷つかないよう、世界を先回りで把握しておくため。

01

私はこういう人間です

私は、物事の本質や人の本心を、静かに見抜いてしまう。表のやりとりの奥で、いま実際に何が起きているのかを、直感的に読み取っている。ただ、それを軽々しく口にはしない。感情も表には出さず、まず深く考えてから動く方だ。人と関わるのは嫌いではないが、輪の中心にいるより、一歩引いた場所から全体を眺めている方が落ち着く。物事の構造が腑に落ち、深く納得できたとき、私はようやく安心していられるのだ。

02

私がされたくないこと

こたえるのは、浅い理解で物事を決めつけられることだ。表面だけをなぞって、すっかりわかった気になっている人を見ると、強い違和感を覚える。それから、考えがまとまる前に反応を急かされること。深く捉えるための時間を奪われると、いい加減な答えしか出せず、自分でもまるで納得がいかない。本質を軽んじて、その場の勢いだけで物事が進められていく場が、私には何よりつらいのだ。

03

私のいいところ、悪いところ

物事の奥にある本質を見抜けること。これは確かに私の強みだ。あなたの見方は鋭い、と言われることもある。ただ、その同じ性質が、考えすぎて動けない弱さにもなる。先が見えすぎるがゆえに、あらゆるリスクが目に入り、肝心の最初の一歩がなかなか出ない。見抜く深さと、動き出す遅さ。この二つは私の中で同じ根から伸びていて、わかっているのに踏み出せない、そのもどかしさの中に、私はいつもいるのだ。

04

私が一緒にいると合う人・場所

私の沈黙や観察を、無関心ではなく思考の深さとして受け取ってくれる人。結論を急がず、私の見立てにじっくり耳を傾けてくれる関係。深く考えることそのものが尊重される、落ち着いた環境。そういう場所でこそ、私は本来の力を発揮できる。逆に、浅い議論と即断ばかりが求められる場では、私は静かに距離を取っていく。表面ではなく本質を一緒に語り合える人がそばにいれば、私はようやく心を開けるのだ。

05

私自身も知らないこと

私はずっと、自分を「考えすぎ」「動きが鈍い」と責めてきた。でも、見落としていたことがある。私が見抜いてきたから、避けられた失敗が確かにあるという事実だ。誰にも気づかれない場所で、私は何度も危うさを先に察し、そっと進路を変えてきた。けれど、起きなかった失敗は誰の記憶にも残らない。深く見抜くことは、優柔不断などではなく、最も静かで、最も確かな知性の形なのだ。

あなたはこのタイプ?

24の質問で診断してみる
#マイトリMyTori

プライバシーポリシー·運営者:Kou Takeuchi