包容者 / Healer(CIEP)
Connect / Instinct / Express / Protect
差し出すことでしか、つながりを確かめられない。人の痛みを先に引き受けるのは、優しさである前に、見捨てられないための保険。
私はこういう人間です
私は、人の痛みに人より早く気づいてしまう。場の空気が少し沈んだだけで、考えるより先に体が動き、誰かのそばへ寄っている。感情は素直に表に出るし、人とのつながりの中でこそ、自分が生きていると実感できる。一人の時間が続くと、自分の存在が薄れていくようで落ち着かない。だから求められれば、自分のことは後回しにしてでも動いてしまう。誰かを支えているとき、私はようやく、自分の居場所をはっきりと感じられるのだ。
私がされたくないこと
つらいのは、目の前で困っている人がいるのに、誰も手を差し伸べようとしない場面に立ち会うことだ。見て見ぬふりが平気でできる空気の中にいると、それだけで胸が締めつけられる。そしてもう一つ、よかれと思って差し出した気遣いを「重い」と返されること。私の善意が拒まれると、自分の存在ごと突き放された気がする。必要とされなくなること、何も言わずそっと距離を置かれることが、私には何より怖いのだ。
私のいいところ、悪いところ
人の心の機微にすぐ気づき、自然に寄りそえること。これは間違いなく私の強みだ。あなたがいると安心する、とよく言われる。ただ、その同じ優しさが、自分を後回しにしすぎる弱さにもなる。人の感情を引き受けすぎて、気づけば自分の心が空っぽになっている。断れない、見捨てられない、抱え込みすぎる。与えることと自分を削ることが、私の中では地続きで、その線をどこで引けばいいのか、いまだに分からないのだ。
私が一緒にいると合う人・場所
私の優しさを、当たり前と思わず受け取ってくれる人。与えられるだけでなく、私にも遠慮なく頼ってくれる関係。一方通行ではなく、互いに支え合えると感じられる場所。そういう環境でこそ、私は安心して力を出せる。逆に、私の献身が当然とされ、ただ消費されるだけの関係では、誰にも気づかれないまま静かにすり減っていく。私自身の疲れや痛みにも目を向けてくれる人がそばにいれば、私はようやく肩の力を抜けるのだ。
私自身も知らないこと
私はずっと、自分を「お人好し」「気にしすぎ」と軽く見てきた。でも、見落としていたことがある。私が先回りして受け止めてきたから、崩れずに済んだ人が確かにいるという事実だ。誰かが折れてしまう前に、私はその小さな兆しに気づき、そっと手を添えてきた。その積み重ねは目に見えず、感謝されないことも多い。人の痛みを我がことのように感じ取れる力は、誰もが持てるものではない。優しさは、弱さではなく才能なのだ。
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