共感者 / Counselor(CDEP)
Connect / Deliberate / Express / Protect
深く寄りそうのは、相手のためである前に、誰かの心に必要とされ続けたいという、静かでひそやかな願い。
私はこういう人間です
私は、人の感情にじっくりと寄りそうことができる。すぐに答えを出すより、相手の気持ちを時間をかけて受け止める方だ。感情は素直に表に出るし、人との深いつながりの中でこそ、自分が満たされていく。ただ、勢いだけで動くことはしない。相手にとって何がいちばんいいかを慎重に考え、言葉を選んでから差し出す。誰かの心にそっと寄りそっているとき、私は自分が存在する意味を、確かに感じられるのだ。
私がされたくないこと
こたえるのは、時間をかけて選んだ言葉を、軽く受け流されることだ。じっくり考えて差し出したものが大事にされないと、心の芯がすっと冷えていく。それから、結論を急かされること。相手の気持ちを十分に汲みきる前に「で、どうすればいいの」と先を求められると、言葉が喉のあたりで詰まってしまう。人の心の機微をまるごと置き去りにして、効率だけで物事が進められる場が、私には何よりつらいのだ。
私のいいところ、悪いところ
人の感情を深く理解し、丁寧に寄りそえること。これは確かに私の強みだ。あなたに話すと落ち着く、とよく言われる。ただ、その同じ性質が、相手に入り込みすぎる弱さにもなる。人の痛みを背負いすぎて、自分がすり減っていることにすら気づけない。寄りそうことと、相手と自分の境界を失うこと。この二つは私の中で地続きで、どこまでが優しさで、どこからが自己犠牲なのか、いつも曖昧なままなのだ。
私が一緒にいると合う人・場所
私の寄りそいを、依存ではなく信頼として受け取ってくれる人。私が選んだ言葉を、時間をかけて受け止めてくれる関係。心の機微が大切にされ、結論を急かされない環境。そういう場所でこそ、私は深く力を発揮できる。逆に、感情が軽んじられ、効率だけが優先される場では、誰にも気づかれず静かにすり減っていく。私自身の心の疲れにもそっと目を向けてくれる人がそばにいれば、私はようやく安心できるのだ。
私自身も知らないこと
私はずっと、自分を「考えすぎ」「入れ込みすぎ」と戒めてきた。でも、見落としていたことがある。私が深く寄りそってきたから、救われた心が確かにあるという事実だ。誰かが一人きりで抱えていた重さを、私は静かに分かち合ってきた。その働きは目に見えず、はっきりした感謝の形にはなりにくい。人の心の奥まで降りていける力は、誰もが持てるものではない。深く感じることは、弱さではなく、稀有な才能なのだ。
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